• 生きる意味1

    パブロ・ピカソは「人生の意味は、自分の才能を見つけること、人生の目的は、その才能を人に与えることだ」という名言を残しています。

    ここで、意味を楽しさに変えてみる。

    人生の楽しさは、自分の才能を見つけること。

    こう言い替えてみると何となくわかった感じになるかな。


  • 好きな音楽・嫌いな音楽

    自分はなぜその音楽が好きで、あの音楽が嫌いなのか、と考えてみる。どんな音楽を良いものだと感じるのか分析していくのは面白いことだ。

    自分の感性だけでなく、他の人々の感性や傾向、性格などを分析するのも面白い。

    好きな音楽だけでなく、嫌いな音楽がなぜ嫌いなのかも考えるのも面白い。


  • 感謝

    幸せな人は感謝を忘れない。

    無いものを嘆くのではなく、あるものに意識を向けることが感謝に繋がる。

    無いものに意識が向かうと心は欠乏感に陥る。

    あるものに意識が向かうと感謝の念が沸き起こる。


  • 人生は空虚でつまらなく退屈だ。

    何か物足りない。人生は退屈だ。

    だが、我々は人生に何を求めようというのか。

    現代日本に生きる我々の人生はとても豊かなモノに囲まれている。

    それなのに、それ以上に何を求めるというのか。

    ないものに不満を抱くのではなく、あるもので大いに満足をするのが賢者の知恵だ。


  • 美は人を沈黙させる

    美しいものは人の心を癒やす。

    それは美が心を静まり返すからだろうか。

    美は人を瞑想状態にさせる力を持つ。


  • どこで本を読むか

    外に出て本を読むと集中できる。

    だが、カフェやファミレスでは飲み物を頼むだけでも250円か300円以上してしまう。どこかいい勉強場所はないものか。

    図書館も考えたが、私は図書館ではなかなか集中できない。他の机で鉛筆を走らせる音、人が出入りする音、本をめくる音、席に座る音、席を立つ音、様々な音が私の集中を妨げる。

    一方、カフェなどでは各々の音が雑音として、BGMのように聞こえるから、あまり気にならない。

    最近いいところを見つけた。ウェルシアだ。ウェルシアはドラッグストア。私の家から徒歩7分くらいで行ける。ウエルカフェというイートインスペースが設けられている。ドラッグストアなら100円前後のドリンクを購入して、イートインを使えば、コスパはかなりいいと思う。100円くらいでイートインを長時間使われたら店側としては嫌かもしれないけれど。ほとんど使われていないので、混まなければ使っていていいのではないだろうか。

    ウェルシアは数年前に建てられた新しいところなのだが、できた当初、自分の住む街にたくさんスーパーやドラッグストア、コンビニなどができなくてもいいのに、今のままでも不便してないのに、と思っていたが、こうして近場にできてイートインもあるとなるとありがたいなと思う今日このごろである。

    これからはちょくちょくウェルシアへ本を読みに行ってこよう。


  • SNSの害悪

    SNSなどのリコメンド機能というのは、ユーザーのSNSでの滞在時間を増大させるための仕組みだということに気づこう。リコメンド機能は際限なく我々に次から次へとその人が好みそうなポストを流してくる。

    確かに、見ている方は面白い。だが、それによって我々の貴重な時間は浪費されてしまっているということに気づかねばならない。

    SNSは比喩的に言えばジャンクフードで、楽しませてくれるが、栄養は殆ど無い。それどころか、脳はドーパミンを放出し続けて、我々を依存症にさせてしまう。このドーパミンという物質は、よく「快楽物質」と言われることもあるが、実際は「期待」感をもたらす、脳内ホルモンである。これが過剰になれば、人々はより貪欲になっていくのである。


  • 何のために生きているのか

    この世界には遊びに来たと考えて生きてみよう。

    この世界を楽しもう。

    人生はゲームだ。

    好きなところへ行こう。


  • 知識を身につけるには

    本当に自分の頭で考え抜いたことでなければ、自分の身にならない。本から知ったり、人から聞いたことは、それだけでは身につかない。知識はそれだけ知っていても、役に立たない。自分の中にある他の知識と結びつけてネットワークを形成させ、知識体系の中に位置づけられて初めて、理解することができるといえる。


  • 読書は紙の本で

    スマホ、PC、タブレットを使って本を読まないほうがいい。デジタルデバイスはいろんな機能がついているから、それを使って読書していると、他のアプリのことが気になって、読書に集中できない。

    紙の本を持っていれば、それだけに集中することができる。他に気を散らせるものがないからだ。